jake ジェイク・シマブクロ ソロデビュー10周年記念特集
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音楽を通して伝え合うもの


生徒たちが音楽を楽しむ部屋の壁にはジェイクの写真が貼られていた。

「ライヴ会場に足を運ぶことができない人にも、音楽の素晴らしさを伝えたいんです」
 ジェイクはチャリティ・プログラム「MUSIC IS GOOD MEDICINE(通称MIGM)」を通して地元ハワイのみならずアメリカ本土や日本の学校、老人ホームなどの施設を訪れ、たくさんの人に音楽を届けている。日本でのこの活動は「ふれあいの旅」と呼ばれている。
 ジャパンツアーの最終日9月14日午前、ジェイクはみやざき中央支援学校にいた。ここは知的障害および知的障害のある肢体不自由の児童生徒のための学校で、約300人の生徒が在籍している。体育館に集まった車椅子の生徒たちを見て、私はわずかに不安を感じた。「音楽をわかってくれるかな。反応してくれるかな……」。しかし、そんな心配は杞憂に終わった。ジェイクが弾き始めた軽快なウクレレの音に、みんなの表情が変わり、イキイキとしたいい顔になった。身体を動かし、言葉にならない声をあげ、手を叩いて喜びを伝える生徒たち。その一人ひとりの表情を確かめながら、必死に何かを伝えるように弾き続けるジェイク。その顔は真剣そのものだ。大きなライヴ会場の整った設備で聴く彼の音楽も素晴らしいが、体育館の小さなアンプ一つで聴く同じ曲もまたいい。どこで演奏しようとも、ジェイクの「伝えたい」という想いは揺るがない。最後に教員の先生たちがギター、ウクレレ、アコーディオンで参加して、宮崎県の応援歌「太陽のメロディー」で締めくくった。



 その後、人工呼吸器を使用しているため体育館に来ることができない人々の病室を回り、一曲ずつ演奏をプレゼントしていく。身体を動かすことも、言葉を発することもできない少年に、ジェイクは日本語で語りかけている。聴こえているのか、私にはわからない。そして少年の耳元でジェイクはウクレレを弾き始めた。いつもより小さな音で、ゆっくり優しく爪弾いた。
 すると、少年の瞳からひとすじの涙がこぼれた。
 音楽はベッドの少年にちゃんと伝わっていた。この瞬間、近くで見ていた私の音楽の概念が変わった。音楽は心という人間の最も大切なものを伝える力を持っていて、その力は私の想像以上に大きなものだった。まやかしでも偽善でもなく、本当の力を目の当たりにした。そして私の中のもっと大きな何かも変わった。人に正直に心を伝えることの尊さを初めて理解したのだと思う。これまでは感動とかやさしい気持ちとか、そういうものを人に伝えることに照れ臭さを感じる自分がいた。そんなことを言ったら恥ずかしいとかカッコ悪いとか、斜に構えてみたり、ありのままを伝えることができなかった。それは私だけでないと思う。でも自分から心を開いてありのままの感情を表すことは、なんて素晴らしいことだろうと、今は思う。


演奏の後、校長先生と握手をするジェイク。

「この旅でまたたくさんのものをもらいました。人に勇気やパワーを与えようと思って演奏しているのに、ふれあいの旅ではいつも逆で、僕がみんなからたくさんのエネルギーをもらうんです」
 ジェイクの音楽はもはやジェイク一人が成しているのではない。彼の音楽を愛する人すべてがジェイクの音楽をさらに大きくしている。たくさんの想いが結集し、その想いを愛にあふれたジェイク・シマブクロという人間が奏でるから、その音楽は聴く人を幸せにするのだろう。
 ジェイクの一番好きな日本語は、彼の曲のタイトルにもなっている“一期一会”だ。ある日のライヴの後、彼に尋ねた。「疲れているはずなのにみんなに声をかけ、時間と体力を使い果たすまでコミュニケーションをとるのはなぜ?」と。
「世界に同じ人間は一人としてなく、すべての人から得るものがある。一人ひとりのおかげで自分は好きな音楽をやって生きている。だからありがとうと言いたいんだ」
 そう語るジェイクの顔は私のまぶたの裏にしっかりと焼きついた。


生徒たちから感謝の気持ちを込めた花束が贈られた。


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