musician's talk ウクレレを愛するミュージシャンへのインタビュー
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Vol.2 3つのターニングポイント

jake shimabukuro

すべての経験から学べると知った

――子供の頃からウクレレを弾いてきて、すごく上手くなったり、奏法が変わったり、新しい弾き方を生み出したり、いくつかターニングポイントがあったと思うのですが、それの最初はいつでしたか?
「小さい頃からたくさんのウクレレプレイヤーの音楽を聴いてきました。特に好きだったのはオータサン、エディ・カマエ、ピーター・ムーン、トロイ・フェルナンデス……(まだまだ続く)。ひたすら聴き続けてきました。エディ・ブッシュ、ゴードン・マーク、バイロン・ヤスイ、ベニー・チャン……(笑)。数えきれないほどのウクレレプレイヤーたちの音楽を聴いてきましたが、僕にとってターニングポイントといえば、“ウクレレプレイヤーの音楽を聴かなくてもウクレレを身につけることができる”と気づいたときだと思います。ウクレレの音楽を聴くことだけが自分のウクレレを上達させるすべではないと。高校生くらいのときですが、どうやったら自分がミュージシャンになれるかを考えた時に、ピアニストからも、シンガーからも吸収するものがあると、ハッとしたんです。すべてのミュージシャンから得るものがあると気づいてから、自分の音楽の世界が広がりました。二つめのターニングポイントは、“ミュージシャンだけでなくすべてのアーティストから学べる”と気づいたときです。たとえばスポーツ選手はアーティストだと思っているんです。彼らは自分の精神も身体もすべてをコントロールしているから。ほかにも子供の頃からの僕のヒーローはブルース・リーですが、彼の哲学や武道に対する姿勢を音楽に適用して、自分はどんなふうに音楽ができるかと考えたりします。そんなふうに考えた時、音楽に対する見方が変わって、ひとつの音やコードが大事なのではなく、表現をすることが大事なんだとわかりました」

――ではウクレレを使って表現することに最も苦労したのはどんなところですか?
「感情を言葉で正確に表現するということは自分にとってとても難しくて、ウクレレの音で表現する方がやりやすい。そして自分が人生で経験したことであれば、実際にどんな気持ちかわかるので、その感情を音で表現することができるんです。一番難しいのは自分が経験していないことを表現する時。たとえば『GO FOR BROKE』という曲は第二次世界大戦時の日系アメリカ兵のことをかいた曲ですが、自分は戦争をした経験はないし、命をかけて何かをしたことも、自分の意に反して家族と離れ離れになったり、差別された経験もない。じゃあ何を表現するか?彼らの辛さを味わったことはないけれど、彼らがそれをしてくれたことに対する感謝の気持ちは実際に感じることができる。彼らがいてくれたからこそ、今の自分たちの幸せな生活があると感じたことを曲に表現して演奏しています。経験のないことを素直に認めて、自分の感じることを伝えればいいと思ったんです」

――と言うと、演奏するのはいつも自分の感情ですか? それとも人の感情を想像して弾くこともあるんですか?
「一番正直に誠実に音楽で表現するには自分の視点から弾くことだと思います。他の人の感情や視点で演奏しようとしても、やっぱり自分の感情は入ってくるものですから。何年か前に『えひめ丸』という曲を作りましたが、それは事故に遭った日本の漁船の被害者やその家族のために作った曲です。実際に彼らが何を感じていたかということはわからない。だけどもし同じ状況に自分が置かれたら、ということは想像できる。想像して自分が感じたことを曲にし、演奏する時もそういうふうに想像して弾いています。自らの感情を込めるということは、演奏したり曲を作る時にとても大きな意味を持っています。さっきターニングポイントの話をしましたが、三つめのターニングポイントは“自分はすべての経験から学べる”と気づいたときなんです。自分のしたすべての経験が次のフレーズやレコーディングやコンサートにつながっていきます。それがたとえ新しい経験だったとしても、いつもしているような繰り返しの経験だとしても、それぞれの瞬間をきちんと味わうことが大切。なぜならその経験から自分が影響を受けていると気づかないことも多いから。潜在意識の中に入り込んでいる影響も含め、すべての経験が曲作りに影響していると思っています」

――そんなふうに音楽に真剣に向き合い始めたのはいつからですか?
「9年前にソニーミュージックと契約したときですね。ソロのウクレレプレイヤーで歌を歌うわけでもないのにメジャーレーベルが自分に関心を持ってくれているということ自体がすごく大きかったです。子どもの頃は将来自分がプロのミュージシャンになるなんて思ってもいなかったし、ただ好きでウクレレを弾いていただけでした。ウクレレを演奏できればそれが家だろうがコーヒーショップだろうがコンサートホールだろうが、どこでもよかったんです。ソニーに話を持ちかけられた時は信じられなくて、自分には手の届かないもののように思えたし、すごいチャンスだと思ったと同時に大きな責任を感じました。メジャーレーベルがウクレレプレイヤーと契約すること自体、僕が初めてだったので、彼らが契約してよかったと思ってくれるように努力しなければならないと思ったし、将来のウクレレプレイヤーやウクレレという楽器自体のためにも、自分がここで頑張らなければならないと真剣に考えました」

――あなたの音楽を聴いていると音の響きなどに日本的なものを感じることが多いのですが、ご自身が日系アメリカ人であるということは音楽にどんな影響を及ぼしていると思いますか?
「自分が誰であるかということはいつも音楽に影響すると思うんです。どんなジャンルの音楽であってもそのままの自分を反映している。わかりやすい部分で言うと、自分がハワイ生まれだとか、沖縄にルーツがあること、日系アメリカ人であること、自分の家族のことなどは曲に必ず反映されていて、そこに自分の経験してきたことなどがプラスされていく。だから自分がどの音を選択するかによって、どのフィーリングで音を弾くかによって、あるときは日本っぽく聴こえたり、あるときはハワイっぽく、あるときはアメリカっぽかったりするんでしょうね。同じコードを弾くにしても、僕がハワイのビーチを想像して弾くのと、ほかの誰かがフランスのカフェでカフェオレを飲んでいるところを想像して弾くのでは、違うように伝わるでしょう。音楽を理解したり分析したりするためにスケールや音楽理論などが作られたけど、アートとして成し遂げられた音楽は理論で説明したり定義したりできないものですね」





















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