最高齢ウクレレマン ビル・タピア便り
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♪Happy Birthday to Bill♪ 偉大なウクレレ・プレイヤーの103歳の誕生日を祝うために集まった300人以上もの歌声の中、少しはにかんだ笑顔でビルは会場に現れた。御齢103歳、世界最高齢プロフェッショナル・ウクレレ・プレイヤーだ。今回は先日1 月1日に誕生日を迎え、彼を愛する仲間やファンとともに過ごした103回目となるバースディ・パーティの様子をお届けします。ウクレレ・ミュージックに包まれた、最高に素敵な時間がそこにありました。
 
Text & Photo : YUSUKE MAKINO
Design:TARO WATANABE(77GRAPHICS)

会場となったのは南カリフォルニア、Corona Del Marの海からほど近い市民ホール。1月とは思えない、まるでハワイのような暖かい風が吹く日だった。
 2011年1月9日、ビルの103歳のバースデイを祝い、彼の素敵な歌声とウクレレ演奏を楽しみたいと、多くのファンや友人がカリフォルニア州コロナ・デル・マールにあるイベントホールに集まった。ビル・タピアと彼の音楽をこよなく愛する人々だ。その中にはウクレレやギターなど、楽器を持つ人の姿も多い。ビルへのリスペクトからウクレレを持参した人、彼のために演奏をする人、ビルにサインをもらいたい人、と目的もさまざまだ。
 300人以上のファンに迎えられたビルは、この日も最高にオシャレなファッションで現れた。赤いストライプシャツに、純白のタイとジャケット。彼のトレードマークであるハットは、グリーンの羽根で作られたレイがあしらわれたブラックヴェルヴェット。パンツもソックスもストライプで、頭のテッペンからつま先まで、ビルらしいスタイルだ。


多数の前座バンドが登場。写真はEndless Summersというバンドで、アマチュアながら美しいハーモニーを聴かせてくれた。
 音楽に情熱をささげ続けてきたビルを祝い、プロ、アマチュアを問わず多くのバンドがパーティを盛り上げる。カリフォルニアの穏やかで暖かい午後の陽が射しこむホールは、柔らかなハワイアンミュージック、そしてウクレレサウンズで溢れていた。
 ビルの周りにはとぎれることなく友人がやってくる。ビルとハグをし、キスをして、笑顔で一緒に記念撮影をする人、持参のウクレレにサインをもらう人、昔話を持ち出し話しこむ人……、ビルと過ごす素敵なひとときを心に刻んでいく人が後を絶たない。
 「今日は300人以上の人が来てくれているって!! 本当に嬉しいよ。最高にエキサイティングなバースディ・パーティだね。だけど300人もの人たち全員と、じっくり話ができないのが残念でならない。今日はボクたちのウクレレ・ミュージックを楽しんでいってもらいたいね」 
 音楽だけではなく、人を愛するビルらしいコメントだ。


300人以上がビルの103歳のバースディを祝うため、そして彼のウクレレサウンドを楽しむため、パーティに足を運んだ。
 プロミュージシャンのバースディ・パーティだからといって、決して過剰なほど豪華絢爛なゴージャス・パーティではない。ビルの人柄を表わすように、友人やファンも等身大のリラックスしたムードでこの場所にやってきているのだ。アメリカのホームパーティで一般的なポットラックパーティという、参加者がみな食事やデザートなどを持ち寄って開かれるスタイルのパーティで、アットホームなムードが、すべての人を和やかな気持ちにしてくれる。
 ビルのウクレレに魅せられた人、彼を慕う人、長年彼のジャズに聞き惚れてきた人たちが彼を祝福するため集まっているが、ビルと同じ郷土、ハワイ出身のゲストやプレイヤーも数多い。そのせいもあり、長い長いバフェテーブルに並べられた、心のこもったハワイ料理中心のご馳走を楽しむ人たちで、ホール内は常に笑い声が絶えない。ビルも出身地のハワイ料理は大好きだというが、103歳という年齢でも大好物は、なんとフライドチキン! 今回もビルはこの大好物を楽しんだ。


ハワイと言えば、エルヴィス・プレスリー。なりきりプレスリーも登場し、オーディエンスのヴォルテージを上げた!
 パーティが始まり、ビルのために、ゲストミュージシャンたちが音楽を演奏し始めた。ウクレレをメインとしたハワイアンミュージックが中心だが、アコースティックギターでスーパーテクニックを聴かせてくれる人もいるし、エルヴィス・プレスリーの歌真似ミュージシャンも登場し、大いに会場を沸かせる。ビルの気分も上々だ。ひっきりなしにビルのもとを訪れる友人やファンに囲まれながら、ビルはもちろん彼らの音楽を楽しむし、時にはプロミュージシャンとしてそのサウンドに耳を澄ますこともある。

 パーティが半ばにさしかかり、この日のメインステージのためのセッティングが進む。いよいよビルのプレイが始まる!! 待ち焦がれたファンたちは、彼のプレイを間近に楽しもうと、ステージ前に集まり座り込む。ビルのマネージャーであり、公私ともにビルのサポートをする、パット・エノスのマイクパフォーマンスで、ミュージシャンの紹介が始まった。セミアコースティックギターの二人に、ジャズベースとクラリネット、そしてウクレレのビルを加えた、5人を基本としたメンバー構成だ。パットから、最後にビル・タピアの名が紹介されると、会場からは大きな拍手と喝采が飛ぶ。そして5人は軽い目配せの後、スッと1曲目のプレイに入った。


ビルを中心とした5人編成のバンド。ジャズミュージシャンたちで構成され、質の高いハーモニーを聴かせてくれた。
 「All of Me」。心地よく枯れたサウンドのビルのウクレレがリフを刻み、柔らかなメロディを奏で始める。ビルのメロディに絡むリズムギターと、後ろで支えるウッドベースの音色が心地よい。103歳。とてつもなく長い年月をプロとしてギターやウクレレのプレイを続けてきたビルにとって、自身のバースディ・パーティとはいえ、ゲストに聴かせるのだから、ステージ上ではプロとしてのキリッとした表情を見せる。
 会場にいるすべての人が、ビルのメロディに耳を澄ませ、彼の指さばきを見つめる。曲とともにウオームアップが進み、ビルのウクレレは、さらにスムーズでメロウなサウンドを奏で始めた。ファーストコーラス、セカンドコーラス……、ビルの表情にも余裕が見え始める。柔らかい音色のクラリネットソロが入り、そのソロを包み込むように優しく追いかけるビルのウクレレ。そしてビルが奏でるウクレレソロへと続く……。 100年を超えたその生涯の大半を、音楽と共に過ごしてきたビルのソロプレイは、なんとも深みがある。だれもがその一音一音を、心に刻み込むように聴き入っていた。


ジャズベーシストは、紅一点Cathy Nipono Laurie。リズムを刻む彼女のウッドベースが心地よいムードを作りだす。
 1曲目が終わると、会場からはさらに大きな拍手。レジェンドが奏でたその美し過ぎるサウンドに目頭を拭うファンもいる。
 続いての2曲目「My Little Grass Shack」は、ビルの歌声からスタート。103歳の、ただしゃがれてしまった声ではない。時には囁くよう優しく、時には会場がパッと明るくなるような張りのあるヴォーカルを聴かせ、オーディエンスの口元も緩む。柔らかなウクレレの音色、ビルの優しい歌声で、ホール全体に暖かな時間が流れる。

 ビルのマネージャー、パット・エノスはビルと同じくハワイ出身。彼にとっても今日の誕生日パーティは大きなイベントだった。ワイフであるナンシーとともに、ビルと毎日を暮らし、ビルがプレイする機会を作るため、すべてのセットアップを進めてきた。時にはビルが「これもしたい、あれもしたい、もっとステージに立ちたい」とワガママを言っても、パットはビルの年齢も気遣いながら、プロフェッショナルとしてのビルの音楽に対する情熱のすべてを受け入れ、ステージをマネジメントしている。しかもパット自身もウクレレやギターをプレイするミュージシャンなのだから、その多忙ぶりは押して知るべしだ。常に忙しく動き回っているパットだが、絶対に笑顔を絶やさない。とても懐が深く、すべてを大きな愛で受け止める。彼がいるからこそ、私たちもビルのサウンドを楽しむことができるのだ。この会場にいる人は、ビルはもちろんだが、パットをリスペクトしやって来たという人も少なくない。そんなパットの次なる大きな計画は、ビル・タピアの104回目のバースディ・パーティを同じように開くこと。1年も先のことなのに、パットの頭の中は、すでにその計画で一杯なのだ。


譜面台はあるが、楽譜はない。曲目と、基本となるコード進行が書かれたメモがあるだけ。プロのジャズメンには、充分な情報だ。
 パットのナレーションで、ダンサーが紹介され、美しいフラガールたちがステージに上がると、バンドは3曲めとなるフラミュージックをプレイ。パットもウクレレとヴォーカルで参加だ。ハワイ出身のパットのヴォーカルはとてもゴージャス。少しディストーションのかかった歌声とビル率いるウクレレバンドの伴奏に、本場のフラダンスが華を添える。時間も場所も超え、そこにはハワイの空気が流れていた。


ステージが進むに.つれ、ビルのテンションも上がってきた。とても100歳を超えているとは思えない、艶やかで張りのあるヴォーカルを聴かせてくれた。
 さらにステージが進むと「East of the Sun」ではビルのウクレレもヴォーカルも、一層艶やかなサウンドを奏でる。ビルのバックを固めるプロのジャズメンの演奏は、すべての楽器が調和のとれたサウンドを生み出し、美しいハーモニーを聴かせてくれた。それぞれのソロパートをしっかりとサポートし、ヴォーカルを引き立て、ハッピーな音楽を生み出すプロフェッショナルたち。安心してプレイできるメンバーを随え、ビルは最高のプレイを、自身のバースディ・パーティで演奏することができたようだ。

 1908年にハワイ州オアフ島で生まれたビルに、100年も前に何をして遊んでいたのか尋ねてみた。7歳でウクレレに出会い、10歳からプロミュージシャンとして活動を続けているというが、幼少期はハワイ出身の伝説的なサーファー、デューク・カハナモクとも遊び仲間だったし、バックステージでは、サーフミュージックの殿堂入りバンド“ビーチボーイズ”のメンバーたちとも夜な夜な遊びに出掛けたよ、と年少期の想い出を語ってくれた。20世紀の大半を音楽の世界で生き続けている、レジェンド・ミュージシャン、ビル・タピアならではの経験だ。


ビルやパットと同様にハワイ出身で、現在はカリフォルニアに暮らすClem Ahiaがリードギターとバックヴォーカルを担当。

ビルとも親交が深いFred Thomasもプロフェッショナルのジャズギタリスト。サンディエゴエリアのサン・オノフレ・ビーチでバンド活動を続けている。

クラリネットを奏でるのはGerry Long。ビルのウクレレと絡むジャジーな音色が、優しく会場を包み込んだ。

パーティの主催者、パット・エノス。イベントの進行から、ウクレレ演奏、スタッフの手配まで精力的に動きながらも、笑顔を絶やさないナイス・ガイだ。

 約30分間の決して長くないビルのステージだったが、会場にいたすべての人たちをあたたかい気持ちにしてくれたビルのウクレレとヴォーカル。ジャズギタリストとして長年培った、ハイセンスなビルが奏でるサウンドは、ウォームで、ジャジーで、メロウ……。そして彼らが生み出す美しいハーモニーはとても美しかった。


ビルたちが演奏したフラミュージックに合わせ、ダンスを披露したフラガールたち。
 「これから1年間の目標は?」とステージを終えたビルに尋ねると、開口一番に返ってきたのが、「2月にハワイに行くことだよ! ウクレレピクニックで、Kaz(関口和之)たちとプレイし、日本から来てくれるファンとハワイアンミュージックを楽しむことさ!」 と嬉しいコメントをくれた。ウクレレピクニックは、ビルにとっても特別なイベントなのだ。もちろん彼がハワイ出身ということも大きな要因の一つだろうが、昨年同イベントに参加できなかったことを今でも残念に思い、2年越しのハワイ行きを毎日夢見ているという。関口和之との共演を本当に楽しみにし、彼が日本から連れてきてくれるたくさんのファンに会えることを心待ちにしているというのだ。

 ビル自身のステージを中心とした、約4時間に渡るバースディ・パーティ。宴の最後には、ビルを中心に会場の全員が手を繋いでアロハソングを合唱し、ビルに感謝の気持ちと、最高の賛美を贈った。そしてパーティは、ビル・タピア本人の「1年後、104歳のバースディ・パーティで、再びみなさんとウクレレ・ミュージックを楽しみたい」という言葉でお開きとなった。


Eric Dyrenforthは、ビルの教え子。アコースティックギターで飛び入り参加し、ビルのステージを盛り上げた。

ステージでのプレイを終え、友人たちと談笑中。ビルはもっとたくさんの人と話し、そしてウクレレをプレイしたいという。

ビルがステージで使用したのは、Bill Tapiaのネーム入りオリジナル・ウクレレ。ピックアップを仕込んだステージ用の1本だ。

ビルと同年代のエンターテイナー、Sid Hallburnは1930年代に流行ったタップダンスと、カスタネットを使ったリズムパフォーマンスを披露。



パーティの締めくくりは、ビルを囲んでハワイアンソングを合唱。会場の人が一つになり、1年後の再会を誓った。
 この素敵な午後のひとときは、ビル・タピアの生きてきた103年間の人生の中では、瞬きのようなほんの一瞬の出来事だった。しかし彼にとって、そしてそこに居合わせたすべての人にとって、想い出深い素敵な時間となったことは間違いない。幸せを運んでくるウクレレが生み出した “ウクレレ時間”。それはまるで魔法のようなひとときだった。
Date Jan. 09. 2011
Place Oasis Senior Center
Corona Del Mar / California USA
   
Band Member
Ukulele / Vocal Bill Tapia
Jazz Guitar / Vocal Clem Ahia
Jazz Guitar Fred Thomas
Acoustic Guitar Eric Dyrenforth
Guitar / Ukulele Pat Enos
Jazz Bass Cathy Nipono Laurie
Clarinet Gerry Long

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