jake ジェイク・シマブクロ ソロデビュー10周年記念特集
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人生を変える出会い。それまでの価値観をくつがえしてしまう人との出会い。一生のうちに素敵な出会いが多いほど人生は豊かなものになるというが、この夏に出会ったジェイク・シマブクロという人は、まさにわたしたちの音楽に対する価値観を変え、「カッコいい」ことの価値観を変え、理想のミュージシャン像を塗り替えた。人が人として生きるべき姿勢を教えてくれたと言っても過言じゃない。この出会いはわたしたちを虜にした。ミュージシャンとして以前に、一人の人間として、彼は大きかった。「こんなとき、ジェイクだったらどうするか」がひとつの行動基準になった――。
文:中島ますみ

行く先には思わぬ出会いが詰まっていた


東京オーチャードホールでのリハーサル風景。

 偉大な人物にもさまざまなタイプがいるけれど、わたしはこれまでこんなにも“やさしくあることにまっすぐ”な人をみたことがない。まっすぐということをうまく説明できないから、ジェイクの音楽を聴いて感じとってもらうよりほかはないのだけれど、ジェイクの音楽は私を生き返ったような、幸せな気持ちにさせてくれる。それはなによりもまずジェイク自身が幸せなオーラを発している人であり、やさしくあろうとしている人だからだと思う。すべての人に笑顔で声をかけ、相手の目を見て心から「ありがとう」と言う。おちゃめで、常にムードメーカーでもある。
 いっぽう音楽の可能性に対しては貪欲で、常にウクレレを放さない。オーディエンスに向かっていつも全力で表現する。表現者として人に与えることにひたむきなのだ。つくづく、ひたむきであるということは美しい。そのひたむきさが獲得した緩急自在なテクニック。あるときはウクレレならではのゆるやかな、あるときはオーケストラによるアンサンブルであるかのようなダイナミックレンジの幅広さ。ウクレレ一本とは思えないそのサウンドは、ハワイの民族楽器というウクレレのイメージをガラリと変えてしまう。
「音楽を演奏することを英語でPLAYと言うでしょ。この言葉がすごく好きなんです。子供が遊ぶのを表す言葉でもあるから、ステージにいるときは子供のように遊ぶことがすごく大事だと思うんです。子供はほかの人がどう思うかなんて考えないでしょ? とにかくやりたいことを自然にやって、自分の世界に触れるものに対してオープンに交流を持つ。自分が感じていることをありのままに表現したいんです。それを聴いて楽しいとか幸せだと感じてくれるなら、僕も幸せです」



音楽がもたらすあたたかなドラマ

 ライヴのMCでジェイクはたどたどしい日本語で「僕はホント、ウクレレオタクね」と言い、笑いを集めていた。ウクレレはジェイクの音楽の原点であり、その最も愛する原点に立ち戻るというコンセプトで行われたのが「I LOVE UKULELE TOUR 2010」だ。心温まるラヴソングから始まり、母親とのウクレレの想い出から作ったタイトル曲「I Love Ukulele」、平和をテーマにしたバラードたち、「Bohemian Rhapsody」などのカヴァー曲、すべてのパワーを使い果たすようにこれでもかと弾くナンバーなど、バリエーション豊かに、さまざまなスタイルで弾きこなし、ウクレレで表現できることをさらに広げて私たちを魅了した。この人の辞書には限界という言葉はないのだろう。とにかく進化し続け、会場にいる人々が抱くウクレレのイメージもどんどん前に進んでいく。そんなライヴだった。


長崎のライヴで「MIDORI」を共演したゲストプレイヤーの岸畑さんとその奥さん。

 ライヴの中盤、一般の応募者の中から選ばれたプレイヤーをゲストに迎え、一緒に演奏する曲「MIDORI」がある。会場ごとにゲストは変わり、毎回彼らの演奏を聴くのも大きな楽しみだった。老若男女さまざまな人がステージに立ち、ジェイクとの共演という夢を叶えていた。その中で特に私の心に強く残った人がいる。
 長崎のライヴにゲストとしてやってきたのは三重県熊野市に住む58歳の男性だった。学校の校長先生という彼はもともと学生時代にクラシックギターを弾いていたが、50歳を過ぎた頃テレビでジェイクの演奏を観たことがきっかけで、ウクレレを弾くようになった。
「ジェイク・シマブクロ研究会というサークルを作ったんです。全国に30人くらいの仲間がいるんですが、自分が住んでいるのは陸の孤島だし、まだ一度も集まったことはないですけどね……」
 ジェイクの曲の大半を耳コピーして、奏法を研究。ひたすら練習を繰り返すうち、ウクレレの腕前はかなり上達した。しかしプラグインしてウクレレを弾くのはこの日が初めてだそうで、相当緊張した面持ちだった。隣にいる奥様まで緊張して、楽屋では二人とも落ち着かない様子だった。
 開演直前に私が客席に着くと、隣にはその奥様が座っていた。
「お父さんは職場から帰ると毎日ジェイクさんの曲を聴きながらウクレレを練習するんですよ。それを眺めながら私は夕飯の支度をしてね。気付いたら私もジェイクさんの音楽が大好きになっていたんです」
 ジェイクがステージに登場し、ノリのいい曲で会場を盛り上げていく。そして8曲目、ゲストの出番がやってきた。ステージに登場した彼はやはり緊張で顔がこわばっている。彼を紹介するジェイクの言葉もほとんど聞こえていないようだ。演奏が始まったが、足元に置いた楽譜をじっと見つめながら、必死に音符をなぞっている。彼のペースで弾くウクレレに、ジェイクはしっかり歩調を合わせている。徐々に緊張の糸がほどけていったのか、表情が少し和らぎ、最後は二人の息が合ってうまく決まった。会場はあたたかく大きな拍手に包まれた。
 ふと隣を見ると、彼女がポロポロと涙をこぼしている。夫が日々練習する姿と、出演が決まってからの喜び、夢が叶った興奮、そして夫の演奏に必死に合わせてくれるジェイクの優しい気持ちにただただ感動したという。その涙を見ていたら、私まで涙が出てきた。
 これまで誰かのライヴを見てこんなにもあたたかな気持ちになったことはない。ジェイクの音楽は人をやさしい心でつないでいく特別な力を持っている。これは長崎だけでなく、すべての会場で感じたことだ。ライヴを見る人の数だけ感動があり、それぞれのドラマがある。そしてみんなのドラマはきっと幸せなものだったろう。(後編に続く


ツアーのファイナル、宮崎でのライヴ。


後編

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