チューナーの誕生と進化
東京都稲城市にあるコルグ本社。 |
――楽器を演奏する人はみんな使っているチューナーですが、そもそもチューナーとは?
「音程の測定機ですが、使い方は二つあります。一つは楽器そのものの音程を調整する場合。もう一つは、管楽器などは奏者が吹きながら音程を調整するので、演奏している人の音程を調整する場合です。温度差など環境が違うと音程は変化し、特に管楽器は音程の調整が難しいんです」
――ではコルグ社がチューナーを作り始めたきっかけは?
「ブラスバンドなど大人数で演奏する時に、全員の音程がなかなか揃わない。それを統一させられるものはないかと、現コルグ会長の加藤(孟)が開発を始めました。当時は業務用のストロボ式の大きなチューニングマシンはあっても、バンドや個人が使うような小型のチューナーはなかったんです。そして1975年、当時としては超コンパクトなクロマチック・チューナーWT-10が誕生したんです。世界で初めて針式メーターを採用したのもこのモデルです。これ一つで多くの楽器がその場で音程を合わせることができるようになったと感謝されたそうです」
――バンドの全員に正しい音をきちんと示したということですね。
「そして次にギター専用チューナーGT-6が誕生しました。今はみんな当たり前に使っていますけど、6本の弦の音程だけを測るギター専用チューナーというアイディアはそれまで世界になかったんです」
――チューナーがない時代は、ギタリストたちはみんな音叉で音を合わせていたわけですからね。
「だからチューニングしようとしても、正確に音程を測れなかったんですね。ならば外部入力を付けようとWT-10やGT-6ではインプット端子を付けたんです。直接電気信号を入れて音を測るわけです」
――エレキなどはインプットできるからいいですけど、一番ストレスがあったのがアコースティックギター。ピックアップもないし、管楽器みたいに音が大きくないし、すぐに音が減衰してしまう。
「そこで開発したのがピエゾコンタクトマイクを付属したチューナーAT-1ACです。ピエゾは振動により直接音を測定し、雑音は一切拾わないので、自分の楽器だけの音を測ってくれる。楽器に直接取り付けるだけで生音がとれるので、アコースティック楽器のユーザーにご好評をいただきました」
――なるほど、アコースティック対応のチューナーが生まれたと。
「1985年にはコルグ初のLEDチューナー、DT-1というカセットサイズのチューナーが誕生しました。表示が針式から光になりました。というのも、ミュージシャンはステージ上で照明が当たると表示が見えなくてチューニングできない。そこで暗闇でも見やすいLEDに着目したんです。見る角度による誤差や温度変化による誤差も解消し、ハードな使用にも耐えられる高性能チューナーとして画期的な製品となりました」
――常にユーザーの意見を反映した、かゆい所に手が届く開発ですね。
「その後が液晶表示のCA-10です。これは価格が初めて5000円を切り、一人ひとりがチューナーを持つ時代が来ました」
――みんながこのチューナーを使うようになり、“世界のコルグ”になりましたね。
「世界各国で使っていただけましたね。この時代には中国や韓国のチューナーメーカーも進出してきましたが、このCA-10は定番化し、今では4代目CA-GA1となりました。音も出るしポケットにしまえるコンパクトサイズです」
――そしてついに最小のクリップ式が生まれるわけですね。
「2004年に誕生したAW-1です。とても好評で、またその後ご意見もたくさんいただきました。そして2009年にはディスプレイ部が360度回転するなど、改良を加えたAW-2を開発しました。これにはバックライトをつけたことで暗闇でも表示が見やすく、さらに老眼の方にもわかりやすいように文字の表示を大きくしました」
――常にユーザーの声を聞いて、商品に反映させるというのがコルグの毎日ですね。
「学校の吹奏楽部やミュージシャンの現場に足を運んで楽器ごとにどんな要望があるかを情報収集し、その中で一つのチューナーにまとめられるものと専用にすべきものを分けて開発することを心がけています」
ウクレレ&スチール・ギター専用チューナーHA-40。 |
――専用チューナーとはどんな仕組みなんですか?
「クロマチックで(半音すべて)12音階測れるのがチューナーの基本として、たとえばウクレレ専用チューナーは4弦のみチューニングできるものです。同じAの音を出すにしても、楽器によってオクターブが違うので、周波数も違います。専用チューナーは楽器に合わせて測定する周波数帯を絞り、簡単にかつ最適に音程を測れるように専用化したものです。このHA-40はハワイアンミュージックを演奏する楽器、つまりウクレレとスチール・ギター専用チューナーです。これには、ウクレレの音階に合わせて音が出力される機能が付いているので、耳で音を覚えることにも役立ちます。ウクレレを演奏する方は年齢の幅が広く高齢者も多いため、必要な機能だけを詰め込んだシンプルさを追求しました」
――ボクシングの階級が違うのと似ていますね。HA-40は並木さんが企画したんですか?
「ずっと前からハワイアンに対応したチューナーを作りたいと長く温めていたんです。やっとその時代が来たという感じでした。そしてちょうどHA-40を開発した頃にカマカウクレレと出会ったんです。開発にはISLAND WINDSの海田明裕さんにご協力いただいたんですが、彼のプレイを聴いてウクレレがすごく好きになったんです。そして海田さんからカマカのパイナップルを譲り受けました。すごくコンディションが良く、いい音がするんですよ」
――その楽器を弾いてみるからこそわかることがあり、チューナー作りにも活かせますよね。
「ユーザーさんの気持ちを自分なりに理解しないといけないですからね」
使いやすさを追求
HA-40を企画した並木さんはカマカ・ユーザー。取材時には自慢のパイナップルウクレレを持参してくれた。 |
――チューナーに対するコルグ社のこだわりは?ウクレレを作ることになったきっかけは?
「表示と精度に常にこだわってきました。いかにユーザーが使いやすいように表示できるかということです。本来、音の周波数は常に揺れています。最近はチューニング用のソフトウエアもありますが、表示があまりに正確過ぎて、針がいつまでも揺れて安定しないんです。使いやすいためにはある程度わかりやすく補正して静止表現することが必要だと思っています」
――確かにコルグのチューナーはメーターの針が迷わずに止まり、安定感がありますね。
「コルグはもともと管楽器のチューナーから始まったので、針の立ち上がりが早かったんです。なぜなら管楽器は奏者の息で音を出しているためすぐに音が減衰してしまうので、音程がすぐに判別する必要があったんです」
――なるほど。チューナーって深いなぁ。
「常にいろんな方がいろんなアイディアをお持ちなんです。私たち開発部はそのアイディアを実際のモノに具現化するのがメインの仕事なので、ユーザーさんの生の声を聞くことを心がけています」
――他社に負けたと思ったことはありますか?
「正直、負けることもありますよ(笑)。でも新しいものやより良いものを開発していくためには、負けを認めることも大事なんです。そしていつもコルグらしさを活かして考えていかないといけない」
――開発の鑑ですね! チューナーは楽器には欠かせないし、チューナーがバンドを一つにしてくれるんですよね。
「チューニングが合っていればこそ、楽器の音が生きると思うんです。そういう意味ではチューナーは無言のバンドマスターなんです」
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