ウクレレピクニック・イン・ハワイ2010を終えて
2回目で感じた確かな手ごたえ
関口和之さんのウクレレ普及活動は2009年の「ウクレレピクニック・イン・ハワイ」の開催で大きく飛躍を始めた。これからの最大の目標はハワイにウクレレ・ミュージアムを設立すること。そんななか迎えた第2回目のウクレレピクニック・イン・ハワイ。今回はウクピク本番だけでなく、スペシャル・コンサートやプレライヴ、ワークショップと一段と濃い内容になった。このイベントを通して見えてくる今後の展望とは――。
“2回目”には、また忘れられない出来事が起こった。そしてウクレレピクニックが地元ハワイのイベントとして定着していくための足跡が残された。
ウクレレに出会ったことから、ハワイの奥深い文化とあたたかな心に魅せられた関口和之。「日本ハワイ化計画」と題してウクレレやハワイの文化を伝えるべく、10年以上に渡りのほほんと真剣に活動してきた。そして2009年、念願のウクレレ・ピクニック・イン・ハワイの開催で、日本とハワイに大きな音楽の虹を架けることができた。今後の最大の目標はハワイにウクレレ・ミュージアムを作ること。そのミュージアムではウクレレの歴史が学べ、実際にウクレレに触れることができ、教えてくれる先生がいて、ミュージシャンたちの演奏を聴くこともできる。そして世界中からウクレレファンが集まってくる場所にしたいという。そんな大きな夢へと1歩ずつ着実に近づいていると実感したのが、今回2回目の開催となった「ウクレレ・ピクニック・イン・ハワイ2010」だ。
1回目は“新しいことをやるんだ”というがむしゃらなエネルギーでなんとかやりきった。そして真価が問われる2回目。出演者は集まるのか? 出展者は? スポンサーは? そんなプレッシャーを抱えながら準備に東奔西走した関口さんとスタッフたち。
「イベントをゼロから立ち上げるということはパワーが要るし難しいことですが、それをキープする2回も難しいだろうと思っていましたが……本当にその通りでした。いいイベントにしたいという思いから最後まで変更や再編でバタバタしてしまい、タイムリミットぎりぎりまでかかりましたね。でも何をやるべきかはわかっているので、気持ちは落ち着いていました」。
1回目開催の後、出演したいというミュージシャンたちや、参加したいという出展者、お手伝いしたいというボランティアの人々が多く集まってくれたという。
そして今回は本番に先駆けてウクレレ界のレジェンドたちが集結した『ウクレレ・レジェンド・イン・コンサート』という奇跡のようなステージが実現した。ビル・タピアがハワイに来られなくなり、急遽ライル・リッツが参加したりなど、事は決して簡単に運ばなかったが、それを乗り切り、最高のステージを作り上げた。このコンサートの実現が関口さんにとって大きな自信となったのであろう。
「ウクレレ・ミュージアムの構想にもあるんですけど、やっぱり歴史というか先人をリスペクトするというのが文化だと思うんです。ウクレレを文化としてみんなに認めてもらうにはそういうことをやっていかなければならない」
レジェンド・コンサートの次の日、関口和之は「私たちが引き継いでいかなければならないものはたくさんあると実感した」と言っていた。その引き継ぐべきものとは、どんなものだろう?
「レジェンドたちはいろんなものを追求してきた人々であり、そういう人ならではの素晴らしさが演奏から伝わってくるんです。エディ・カマエさんは特に音楽を中心とするハワイの伝統文化を残していく活動をやっているわけで、そういう芯の通った考え方が素晴らしいと思うし、自分のスタイルをあの歳まで追及してやっと築きあげているのがまたカッコいい。そしてあの演奏スタイルを本当の意味で継承している人がいるかと言えば、まだいないと思うんです」
ウクレレのスタイルは一つじゃない。今現在若い世代を中心に人気を博しているミュージシャンのスタイルだけでなく、ウクレレにはもっといろんなスタイルがあり、ヴァリエーション豊かな魅力がある。それを知って、吸収し、また新たなウクレレのスタイルが生まれればいいと彼は言う。
ウクレレピクニック本番が中盤に差し掛かった頃、ビッグなゲストがステージに登場した。ハワイ州のデューク・アイオナ副知事だ。このイベントの意義を讃えた後で関口さんに捧げたものはなんと、ハワイ州知事と副知事連名による感謝状。そこには「2010年2月13日を“UKULELE DAY IN HAWAI’I”と宣言する」と書かれている。一瞬驚いた表情で、すぐに嬉しそうに顔をほころばせた関口さん。
「ビックリしました! 観に来てくれるだけでも嬉しいのに、感謝状までいただけるなんて。ハワイでは偉い人たちもみなさん音楽を愛しているんですよ。ホノルル市長のハネマンさんは自分のCDも出しているくらいですから……」と語っている矢先、そのムフィ・ハネマン市長も登場。なんとなんと、市長からも感謝状が! こちらには「2010年2月13日を“UKULELE PICNIC IN HAWAII DAY”とここに宣言する」とある。
ひとえにウクレレやハワイの文化の素晴らしさを伝えるべく努力してきた関口さんたちへ対するハワイからのダブルの感謝状。
観光客を招致したり、ハワイに貢献している日本人や日本企業は他にもたくさんいるだろう。なのになぜ、今回関口さんたちがこういう形で感謝の意を表されたのか。それはきっと、純粋にウクレレを愛し、ハワイの音楽を大切にしたいという真摯な気持ちにあるのではないか。音楽とはその土地の人々が昔から培ってきた文化であり、ハワイという土地は固有の文化を大切にする気持ちが強いところだ。お金では買えない自分たちの文化を大切にしてくれる人に対して、ハワイは最大の感謝をし、アロハの気持ちを捧げる。そして日本の文化も尊重する。そういうことじゃないかと思う。のほほんと口数は少ないが、関口和之という人は信念を持ち、大切なことを着実に実行している人だ。「来年も2月13日に開催したいですね」と語った。
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ハワイ州のデューク・アイオナ副知事とカマカちゃん。 |
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ホノルル市のムフィ・ハネマン市長。ホノルル市は全米で最も文化に力を入れている市として表彰された。 |
「ハワイで1回目のウクレレピクニックを開催した後、ニューヨークやオーストラリア、イギリスなどからウクレレ・イベントについてアドバイスが欲しいというコンタクトがあったんです。このままウクレレの輪が広がっていけば面白いことになりそうですよ。もともとウクレレ・ミュージアムは世界中のウクレレファンが集まる場所にするという構想なので、ミュージアム設立の一段階前で世界中と繋がれたらいいですね。僕も世界中のウクレレ・フェスティバルを観て回りたいと思いますし。それにウクレレファンなら誰しも一度はハワイに行ってみたいだろうと思うんです。そういう人たちがハワイに来るきっかけを作っていければいいなと思います」
イベントの最中、地元テレビのインタビューに答える関口さん。 |
今回のウクレレピクニックにはアメリカのメインランドやオーストラリアなどからの参加者があったが、次回は他の国からの参加者も増えてほしい。世界中と繋がるためにも、関口さんは5月にニューヨークで開催されるウクレレ・フェスティバルに出演するという。
「それにハワイの人々にもう一度ハワイアン音楽とウクレレの価値を再認識してほしいと思うんです。彼らにしてみればいつもそばにあるものだから、その素晴らしさが見えなかったりするんですよ。外の人の方がよく見える。音楽はハワイの財産だから、その音楽を未来に引き継いでいく役に立てたらいいですね」
日本で生まれたウクレレピクニックが海を越え、地元ハワイのイベントとして定着していけば素晴らしい。そして、それは遠い夢ではない。今回、ハワイからの感謝状だけでなく、オーストラリアからのミュージシャンの参加や、サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」を地元のバンドが演奏し、観客全員が異様な盛り上がりをみせたこと、そして会場にいる一人ひとりの表情から、イベントが浸透しているのを確かに肌で感じたのだから。
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