「ウクレレをもっと当たり前に楽しめる形にしたいんです」
2000年に逗子マリーナでスタートしたウクレレピクニックは今年で10周年。ウクレレピクニックも日本のウクレレシーンも1年ごとに着実に成長を遂げています。このイベントのアイディアのもとはハワイ島で開催されていた“スラック・キー・ギター&ウクレレ・フェスティバル”だったと語るエグゼクティブ・プロデューサーのデビット・スミスにこれまでのウクレレピクニックの歩みを伺いました。
――ウクレレピクニックは10周年を迎えましたが、10年続けてきていかがですか?
「10回やっていると、だんだんお客さんがイベントのスタイルをわかってくるので、ゴミの処理とかテントを張る場所とか、ルールをわかってくれているので、やりやすくなりました。イベント運営のためにTシャツなどのグッズを買ってくれる人も増えましたし、スムーズにできるようになりましたね。ミュージシャンたちも慣れてきて、自ら参加したいと言ってきてくれる方も増えました。DIAMOND☆YUKAIさんとかホフディランとか、普段はウクレレじゃない人たちもどんどん参加してくれるようになりましたし。こういう感じでウクレレが普通の音楽イベントになっていけばいいですよね」
――最初は有料のイベントだったんですよね?
「逗子マリーナからスタートして5年間は有料のイベントでした。途中からだんだんエキサイトしてきて、音響設備も良くなり、いかにも夏フェスっぽくなってきたんです。そうなると運営サイドにもプレッシャーがかかってくるし、観ている人も堅苦しくなってきて、出演する人も身構えるようになってきたんです。だったらもともと“ウクレレでゆっくりのんびり”というのが趣旨だったので、もう一度見直そう、本来の趣旨に立ち返ろうということになり、無料イベントにしたんです。その代わりに参加したみんなにグッズを買っていただこうと。単にチケットを販売するよりもTシャツとかグッズの方がみんなの思い出になるし、いいでしょう? つまり参加してくれるみんなでこのイベントを運営しようという形なんです」
――みんながグッズを買って、みんなで盛り上げて、みんなでやっていこうというイベントなんですね。無料にしてお客さんの数は増えましたか?
「増えましたね。友達が友達を連れてくるようになったし、ウクレレのことはよく知らなくても雰囲気がいいので遊びに来るという人も増えました。あと一番大きいのは家族ですね。普通の夏フェスって、家族でなかなか行けないじゃないですか。でもウクレレだと小学生からおじいちゃんまで参加者がいるので、家族で来てくれるんですよ。それがこのイベントの最大の特徴だと思います」
――1回目からやってきて、日本のウクレレ人気はどのように実感していますか?
「“ウクレレ=フラダンスのバックミュージック”みたいな認識を壊したいというのがこのイベントを始めるきっかけだったんです。ウクレレを主役にして、フラを踊る人がいればそれはあくまでサブ。ウクレレをメインに出していこうと始めたイベントなんです。ウクレレを主役にしていくという意味では、この10年ですごく浸透したんじゃないですかね。みんないろんなオリジナルを作ってきて、ハワイアン・ミュージックは少ないくらいですから。ウクレレでさまざまなジャンルの音楽を奏でるイベントを成立させることができるようになってきましたね」
――今後のウクレレピクニックの展望は?
「この10年でウクレレの可能性が知られて、ウクレレファンが増えてきたので、今後はウクレレをもっと普通にと言うか、当たり前に楽しめる形にしたいです。今までは音楽の入り口だったけど、もっと音楽性が深く強くなって、楽しめたらいいですよね。ウクレレとかハワイアン・ミュージックっていうとどうしてもクローズされているので、次の10年でもっとオープンにしていきたいです。音楽全体の中のウクレレ、というのがこの先10年のテーマだと思います」
|
|