musician's talk ウクレレを愛するミュージシャンへのインタビュー
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Vol.1 父が練習する背中

sekiguchi


――ジュニアさんは3歳でウクレレを弾きはじめて、5歳で一度やめてしまったとオータサンが言っていましたが、どういうきっかけで再び弾きはじめたんですか?
「12歳くらいまではずっとお父さんから習っていましたよ。お父さんは全然覚えていないだけです(笑)」

――(笑)どんなことをお父さんから習ったんですか?
「最初はすごくシンプルで、コードの押さえ方やそれぞれのノートの弾き方。学校に通うようになってからは、学校が終わってから父のスタジオでやっていたレッスンに参加して、ほかの子どもたちと一緒に習いました」

――オータサンがジュニアさんは小さい頃から音楽が上手だったと言っていましたが、ジュニアさんは自分の才能についてどう感じていましたか? ほかの子どもたちより上手かった?
「それはまったくないです。今も思いませんしね。父にしても世界のベストプレイヤーだと言われていますが、僕は父がいつもいつも練習しているのを見てきました。父でさえ今も練習しているくらいだから、僕もたくさん練習するんです。父はほかのミュージシャンの悪口や、自分が他人より優れているなんてことを一切口にしませんし、自分のプレイや音楽を人とシェアすることだけを大切にしている人。それを見てきた僕も同じようにしていきたいと思っているんです」

――ウクレレプレイヤーとして生きていこうと思ったのはいつですか?
「12歳から17歳まで人前で演奏することはなかったんです。唯一誰かの前でウクレレを弾いたのは、父のウクレレスタジオでのレッスンでした。夏の間は父がツアーに出てしまうので、父の代わりにインストラクターとしてレッスンをしていたんです。でも17歳の時にカセットでマカハ・サンズ・オブ・ニイハウの音楽を聴いてすごく影響を受け、友だちとバンドをやるようになったんです。ただその高校時代のバンドの時はプロになりたいとまでは思わなかったけど、大学以降、だんだん自分がプロとして音楽をやりたいと思うようになったんです」


――マカハ・サンズ・オブ・ニイハウの何があなたを動かしたのでしょう?
「彼らの音楽を聴くようになってからローカルのハワイアンミュージックに興味を持ち、バーなどにハワイアンの演奏を聴きに行くようになったんです。当時はマカハ・サンズ・オブ・ニイハウとかピーター・ムーン・バンドなど、今でいえば超大御所バンドがバーなどで演奏していたので、彼らの演奏を観てどんどん引き込まれていったんです」


愛器&カマカちゃんとのスマイル!
――それでハワイアンミュージックを自分のスタイルでやろうと思ったんですね。オータサンという巨匠のミュージシャンを父に持つことで、同じウクレレプレイヤーとしてプレッシャーはありましたか?
「自分が公共の場で演奏する場合は、そういうプレッシャーはほとんどなかったです。僕が演奏する時に、父親がハーブ・オオタだということは言いませんでしたし、聴いている人たちも息子だと思っていなかったから、関係なかったんです。自分のプレイをすればよかった。だけど私生活のなかで、父を知っている人の前で演奏する時はプレッシャーを感じましたね。特に『オータサンの曲を弾いて』と言われるとやっぱり緊張しました(笑)」






















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